『配給』

 

「それで監督、次回作の案なんですが」

「うむ。何か考えてきてくれたかね、田中くん」

「はい。ズバリ、女性美容師の世界を描くというのはどうでしょう」

「女性美容師か。詳しく聞かせてくれ」

「はい。主人公は若手女性美容師のA子。この世の誰よりもお客さんの髪をクールに切ってみせるカリスマ美容師を夢見る新人です。A子が勤める店は、銀座とか表参道あたりでどうでしょう。一等地の店に勤めていることからして、A子が非凡な才能の持ち主であることが観客にも伝わるわけです。そこでA子は初めてお客さんを担当して髪を切っていくんですけど、次々にお客さんに酷評されてしまうんです。「あなたに頼んで失敗だった」とか言われちゃって、どんどん傷つくA子。しかしA子は自分を奮い立たせて、先輩の女性美容師からも積極的に技術を学んで腕を上げようとします。それでもなかなかA子にお客さんはつかない。もう自分には才能はないんだと失意の底に落ち込んだA子は、地元の田舎に帰ります。しかしここでA子は、自分が小さい頃通っていた美容院の美容師B子さんに偶然再会し、久しぶりにB子さんに髪を切ってもらいます。そこで本当に素敵な髪型に仕上げてもらい、A子は感激します。ここで大切なのは、髪を切る技術だけじゃなくて、常にお客さんとコミュニケーションを取りながらお客さんに似合う髪型を一緒に探していく、そういう心の触れ合いのようなものが大事なんだとA子はB子さんに教わるわけです。自分は今まで技術のことしか考えていなかったけれど、心の触れ合いも大事なんだと。B子さんにパワーをもらったA子は、再び東京に戻って頑張ります。すると、今まで冷たい反応しかくれなかったお客さんが、少しずつA子の仕事ぶりを褒めてくれるようになる。数年後、そこには店の看板美容師として後輩を指導するたくましいA子の姿があったーーー。このA子の挫折と成長の物語を描きたいんです」

「…………」

「どうでしょうか、監督」

「いや、良いと思うんだけどね。田中くん、この話の見せ場はどこかね」

「見せ場、ですか」

「そう。例えば『タイタニック』なら、最後にディカプリオが海の底に消えていく印象的なシーンがあるだろう。『ボヘミアン・ラプソディ』なら、最後にライブ会場で全員が熱唱する感動的なシーンがあるだろう。この話の、そういう見せ場はどこなのかね」

「えっと。さっきも言った通り、この話は、A子の挫折と成長の物語なんです。だから、一つ一つのシーンを丁寧に描いていけば挫折と成長はしみじみと伝わると思いますし、あえて見せ場のようなものは作らなくてもいいんじゃないかと思うんです」

「田中くん。僕もね、その挫折と成長を描きたいってのは良いと思う。でもね、もう少しサービス精神を身につけた方が良いと思うんだよ」

「サービス精神、ですか」

「そう。お客はせっかく映画館に映画を観に来るんだから、胸にグッと刺さるシーンが欲しいじゃないか。感動したいじゃないか。僕らはちゃんとそういうものを観せてあげなきゃいけないんだ」

「でも監督、はっきり感動させるだけが映画じゃないと思うんです。色んな形があっていいと思うんです」

「田中くん。君はこの業界に入ってまだ日が浅いからわからないかも知れないけどね。映画の世界で食っていくために一番大事なものは何だと思う?」

「……一番大事なもの、ですか」

「そう。それはね、とにかく自分の名前で信用を得ることなんだ。信用とは何か、わかるかね」

「……わかりません」

「決まってるじゃないか。当たる映画を撮ることだよ。当たる映画を撮れない奴に仕事が来るわけ無いだろう」

「……」

「当たる映画は撮れないけれど常に一部のファンからの評価は高い、なんてのは何の信用にもならないんだよ。君が自由に撮りたい映画があるんなら、いずれ君がエラくなってから君の自腹で好きなだけ撮ればいい。でも、職業監督であるうちはそんな甘えたことはできないんだ。僕らが作るのは一つの工業製品なんだからね」

「……わかりました」

「よし。それじゃあ、とりあえずこの話の見せ場を考えよう。感動のさせ方には色々な手法があるけれど、やはりお客をしっかり泣かせるのが最も基本的なテクニックだ。田中くん、まずは一般論として、確実にお客を泣かせたいと思ったらどんなシチュエーションを観せればいいかね」

「……シチュエーション、ですか…」

「勉強不足だなあ。いいかい、"愛する人との離別"、"ペットの死"、"一生懸命なガキの姿"、これが泣きの3点セットだ。よく覚えておきなさい」

「…わかりました」

「この中でも、使用法はそれぞれ微妙に異なる。例えば"ペットの死"は、絶対にそのペットにお客の思い入れを集中させないといけないから、どうしても動物映画としての側面が必要になる。"一生懸命なガキの姿"は、それと対になるものとして"情けない大人"を登場させないといけないから、これもストーリーに少し制約が加わる。そうなると、やはり一番使い勝手が良いのは"愛する人との離別"だ。"愛する人"は、恋人でも家族でも幼馴染でも誰でも構わない。"離別"のパターンも選び放題だ。相手が不治の病でじわじわ死んでいくのでも良いし、何かの事故で突然死なせても良い。あるいは相手の不倫なんかの裏切り行為による決別でも良いし、ある日突然置き手紙を残しての失踪のような寂しいテイストでも良いだろう。それに、死にさえしなければ最後に感動の再会に持ち込んでお客を追加で泣かせることも可能だ。まさに煮て良し・焼いて良し・生で良しの万能食材なんだ」

「…なるほど」

「それじゃ、田中くん。最初に戻って、この話で君はどう泣かせるかね」

「そうですねえ…。美容院が舞台ですから動物は出しにくいし、一生懸命なガキもどこに出せばいいのかわかりません。そうなるとやはり"愛する人との離別"でしょうか」

「うんうん。その調子だ」

「しかし、誰と離別させれば良いんでしょう。恋人も家族も幼馴染も出てこないし…追加で出した方が良いんでしょうか」

「さっきも言っただろう。別に誰だって良いんだ。例えば、君はこの話の中でキーパーソンは誰だと思う?」

「うーん、やはりB子さんでしょうか。A子に成長のきっかけを与えたわけですから」

「なら、B子さんとA子を離別させりゃあ良いじゃないか」

「離別って言ったって、B子さんはA子の恩人ですから、離別も何も…」

「田中くん、ここでテクニックが必要なんだよ。B子さんは、A子が小さい頃に通っていた美容院の美容師なんだろう?」

「はい…」

「ということは、美容師としてはかなりのベテラン、なんなら今は70そこらのおばあちゃんという設定でも問題ないわけだ」

「…なるほど!B子さんを病気で死なせれば良いんだ!」

「そうだ。あとは君の好きな病気をトッピングすれば良いんだ」

「そして亡きB子さんとの思い出を繰り返しリフレインするシーンを挟めば、何度も効果的に泣かせることができるわけですね。…こういう風に使うのかあ。だんだんわかってきました。もう少し登場人物を増やしてバリエーションを工夫すれば、さらに見せ場を作れそうです」

「まあ、色々試してみなさい。ただしテクニックはあまり乱用してはいけないよ。一本の映画で3回も4回も泣く体力はお客には無いからね。常にお客の気持ちに寄り添うんだ」

「わかりました。とりあえず、帰ってすぐに書き直してみます」

「よろしく頼むよ」

 

 

 

《おわり》